昨夜、林真理子『anego』(小学館、2003年)を初読。

帯裏のコピーは、「まさに、恋愛ホラーともいうべき新ジャンルを確立した衝撃の長編小説」。
日テレ系のドラマ「anego」(2005年4~7月)も、ときどき見てましたが、内心の独白をテロップにしていたドラマと比べ、確かにこっちは怖ーい結末。
amazon等のカスタマーレビューで、それがよくわかってない人がいるのは、恋愛依存症や共依存の怖さを知らないからかな・・・と思いました。
恋愛依存症の古典ともいえる、ロビン・ノーウッド『愛しすぎる女たち』(読売新聞社、1988年)が刊行されて20年近く。
原著はアメリカで1985年に刊行され、登場する人々はアルコール依存症やDV(ドメスティックバイオレンス)との重複も多く、訳文は少々読みにくいのですが、その後、日本でもさまざまな恋愛依存症、家族依存症の本が出版されました。
←現在は、文庫本で手に入ります。
で、小説『anego』の沢木夫妻、この依存症、共依存に苦しみながら一方が死ぬまで離れられず、主人公・奈央子をとうとう巻き込んじゃったなあ・・・と。
ドラマでも、“アネゴ”こと奈央子(篠原涼子)は、元後輩OLで精神不安定な絵里子(ともさかりえ)にさんざん振り回されますが、自殺を図った絵里子を奈央子が救い、回復した絵里子は沢木(加藤雅也)と離婚。
奈央子も沢木と別れ、彼女に思いを寄せ続けた後輩の黒沢(赤西仁)のプロポーズも断りますが、モンゴルに赴任した彼から、改めて“遠恋”を育むようなメールが来て・・・というハッピーエンドだったと思います(スペシャルの印象も混じってるかも)。
だから、怖いといっても、他人との距離を測れない絵里子が奈央子に頻繁にかけてくる相談の電話、呼び出し、奈央子の会社に送った夫との不倫を糾弾するメールやFAX、自殺未遂までで、最終的には、その絵里子も「愛しすぎる女」から離脱していました。
でも、原作では、沢木夫妻がともにカゼ薬を一瓶飲んでガス心中を図り、2人目の子を妊娠していた絵里子は、沢木が眠った後に包丁で割腹自殺を遂げます。
その前に沢木との関係に終止符を打ち、合コンで知り合った森山(ドラマには登場しない)と結婚を決めていた奈央子は、ワイドショーや週刊誌で「美人OLとの三角関係のもつれ」と報じられ、会社に辞表を提出。
結婚の意思を翻さない森山に別れを告げる奈央子のセリフは、この後、自らが「愛しすぎる女」になる予告のようです。
「私ね、ものすごく濃密なものを見てしまった。それまで男と女って、こんなふうにどろどろと相手を奪い合うものだってこと知らなかった。(略)」
「でもね、私、見てしまったの。見てしまったのは、私が選ばれた人間だから。私、やっとわかったわ。誰かが何かの意志で、ふつうの人たちが見られないものを見させてくれた。だから私は、もう元には戻れないの。ふつうの結婚なんか出来ないの」
沢木は会社を辞め、娘の真琴を連れて岐阜の実家に帰り、奈央子は東京の小さい会社で派遣社員として働き始めますが、その半年後、真琴が奈央子にかけてきた相談の電話は、かつての絵里子とそっくり。
あどけなさのなかに、死んだ母から奈央子へバトンをつなごうとする怖さが漂っています。
「あの、ずっと前、お母さんから、もし困ったことがあったら、このお姉さんに相談しなさいって言われてたの。きっと助けてくれるからって」
「あのね、あたし、すごく困ってるんです。お父さんがまた病気になって、おばあちゃんも年寄りだから、私のめんどうをみられないんです。(略) だからお姉さんに相談しようと思って・・・」
沢木の実家に行き、入院先を見舞った奈央子は、「都会で颯爽と生きていた頃のおもかげはない」沢木を見て、「大きな熱い感情」がこみ上げ、「男とその娘を、この窮地から救いたい」と思い、傍にいる真琴に「これからお姉ちゃん、いっぱいくるわ」と話しかけますが・・・。
真琴は黙って頷き、そして顔を上げた。奈央子は息を呑む。恐怖で体が凍りついた。その黒目がちの大きな目は確かに絵里子のものであった。
母娘だから、というだけではない絵里子と真琴の相似性。
沢木も、絵里子の「罠」や「策略」を言いながら、妻に暴力をふるったり、かつて沙知子(ドラマでは、大塚ねね)に語ったのとまったく同じ言葉で奈央子との幸せを語り、妻に「僕にはもう好きな女の人がいる」と口走ってしまう共依存者。
奈央子の言葉を借りれば、「相手が自分を嫌うようにしか愛せない」夫婦とその家庭だったわけですが、小説は、絵里子の死によって欠けてしまった役割を、奈央子が担うことを示唆して終わります。
奈央子が結婚を取り止めた森山は、元早稲田のラガーマン。
明るく真面目な広告代理店の社員という設定で、絵里子の死後、奈央子を糾弾するマスコミに対して、「結局ナオコは、あの異常な夫婦に巻き込まれたようなものじゃないか」と憤慨しますが、彼のように健全極まりない人には無縁かつ理解不能な世界なのでしょう。
ドラマがここまでの展開を回避して、絵里子の命を救い、原作では元同級生の彼女とさっさと結婚してしまう黒沢を結婚させず、森山の健全さをあわせた形で奈央子を救うのは、深刻な“恋愛依存症”もの=“恋愛ホラー”にしないため、そして赤西クンのファンのためね・・・と思いました。
というわけで、一流商社の30代OLたちの様子、仕事の悩み、衣食のファッション、合コン、デート、セフレの存在や上司との不倫、寿退社などもおもしろいのですが、その日常性が沢木夫妻の非日常性と接点を持ち、奈央子が囚われていく様子がすごーく怖い小説でした。
用語自体は出てきませんが、過去に「愛しすぎる女」だった人、「愛しすぎる女」や共依存者に相談されたり、かかわったことがある人には、怖さ倍増かもしれません・・・。
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