2009年7月17日 (金)

「にごりえ」再読

今月に入ってから、今年2月に書いた「まちこ訳『にごりえ 一』」へのアクセスが増えてます。昼間は ac.jp のリモートホストが多いから、レポートを書く学生さんみたいcoldsweats01

で、「誤訳御免の・・・」とは言うものの、修正すべきところはしないとなあ・・・と思ってましたが、この週末に今井正監督、水木洋子・井手俊郎脚本の「にごりえ」(「十三夜」「大つごもり」「にごりえ」のオムニバス)を見る予習も兼ねて、今日しました。

原文を横にざっと読み返して、自分で「ここ、ちょっと変」と思った部分に手を入れただけですが、興味がおありの方は、左サイドのカテゴリー「現代語訳のこと」からご確認ください。

ところで・・・。

一葉が最後に住んだ本郷区丸山福山町の借家の隣が銘酒屋だったことは、明治28年1月執筆の「しのふくさ」(筑摩書房『樋口一葉全集』第3巻下では「感想・聞書」に分類)に、次のように出てきます。

となりに酒うる家あり 女子あまた居て客のとき(ぎ)をする事うたひめのこ(ご)とく遊びめに似たり つねに文かきて給はれとてわか(が)もとにもて来る ぬしハいつもかはりてそのかす(ず)はかりか(が)たし

少し前に古書サイトで買った映画「にごりえ」のシナリオ(『キネマ旬報』増刊、昭和28年8月)を見ると、語り手・一葉の声として、上の「しのふくさ」の「となりに」を「七月二日。新開の町、通りに」と替えて使用。

その後が、「おい木村さん信さん、寄っておいでよ」という原作冒頭の場面で、お高とお照以外の朋輩に名前がない原作と違って、女主人(お八重)や他の朋輩(お秋、たね、きよ)にも名前とせりふがあり、原作にはない店の主人の藤兵衛も登場します。

※ お照は、「照ちゃん高さん少し頼むよ」というお力のせりふのみ。

そうしなければ映画にならないという面もありそうですが、お高以外の朋輩は後景化され、声の主も区別されない原作に対して、シナリオでは「女子あまた居て」という中のお力の印象が強く、それをねらってもいるよう。

それに、帳場に座って金を勘定し、上客の朝之助にはわざわざ出てきて挨拶する藤兵衛がいることで、この手の商売は、男が女を働かせて他の男から金を取るもの、という視点も加えられているよう(バックにいる入墨の親方や子分も登場するし)。

違う部分はいろいろあって、大きいところでは、原作の「五」の後半、お力が座敷から抜け出した後の場面がカット・変更され、「六」の朝之助と二人の場面では、「三代続いた出来損ない」というお力のせりふはあるのに、祖父の話は出てきませんcoldsweats02

原作には、横町の闇の中で「仕方がないやつぱり私も丸木橋をば渡らずはなるまい」と決意するお力の長い内言語があって、祖父・父・自分と続く「人並みでは無い」生き方を選ぶお力の、人の顔が小さく遠く見え、自分の踏む土だけが3mも盛り上がっている気がするという孤絶感の表現が圧巻。

シナリオでは、座敷を抜け出したお力が、盆の晴れ着の子どもたちに「あ、鬼」「鬼姉さん」と言われ、縁日の雑踏の中で仲良く金魚すくいをする若夫婦を離れたところからぼんやり眺め、ふと我に返ったところで朝之助に出くわします。

お力の子ども時代とは違う恵まれた子どもたちと、酌婦で独り身のお力とは違う幸せそうな若夫婦は、お力が生きることができなかった/できない「人並み」の生き方を体現したもの。

なので、お力が「丸木橋」を渡ることはどういうことか、こういう形で解釈してみせたともいえそうですが、このあたりもDVDで見てみたいところです。

「明治は遠くなりにけり」の戦後映画を「昭和は遠くなりにけり」のいま見ると、どう遠くて近いのか。早く見たいけど、その前に片づけないといけない仕事が山積みなので、まずはそっちから。

 独立プロ名画特選「にごりえ」/1953年公開

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2009年2月17日 (火)

まちこ訳「にごりえ 八」

今日は終日、雪が降ったり止んだりsnow

午前中、うちのマンションでBフレッツのメンテナンス工事があり、夕方PCを立ち上げたら、ネットもIP電話も不通になっていて、NTTの人に来てもらいました。

今回も室内の機器の故障ではなく、工事した部分の異常coldsweats01

「にごりえ」は最終回です。

          *          *          *

魂祭りを過ぎて数日、まだ盆提灯の光が淋しげな頃、新開の町を出た棺が二つある。一つは駕籠で、一つは棒で肩に担がれ、駕籠は菊の井の別宅から忍びやかに出た。大通りで見る人がひそひそと語り合うのを聞くと、

「あの娘も本当に運の悪い。つまらない奴に見込まれて可哀相なことをした」

と言えば、

「いや、あれは納得づくだといいます。あの日の夕暮れ、お寺の山で二人立ち話をしていたという確かな証人もございます。女ものぼせていた男のことだから、嫌といえない義理に迫られてやったのでございましょう」

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2009年2月16日 (月)

まちこ訳「にごりえ 七」

今日は、先日リハをしたイベントが終わって、提出期限の書類も出して、ちょっと肩の荷が下りた気分happy01

というわけで、「にごりえ」の続きです。今日では不適切と受け取られる原文中の表現が、一部含まれていることをお断りします。

          *          *          *

思い出したところで今更どうなるものか、忘れてしまえ、諦めてしまえ、と思案は決めながら、去年の盆には揃いの浴衣をこしらえて、二人一緒に蔵前の閻魔堂へ参詣したことなどを思うともなく胸に浮かべて、盆に入っては仕事に出る気力もなく、

「お前さん、それではなりません」

としきりに忠告する女房の言葉も耳にうるさく、

「ええ、何も言うな。黙っていろ」

と言って横になるのを、

「黙っていては暮らしがたちません。体が悪いなら薬を飲めばよし、お医者にかかるのも仕方がないけれど、お前さんの病はそれではなしに、気さえ持ち直せばどこに悪いところがありましょう。少しは正気になって励んでください」

と言う。

「いつでも同じことでは耳にたこができて、気の薬にはならん。酒でも買ってきてくれ。気紛らしに飲んでみよう」

と答える。

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2009年2月14日 (土)

まちこ訳「にごりえ 六」

昨日は春一番が吹き、今日も暖かい1日でした。というわけで、たまった仕事は明日に延ばして、「にごりえ」の続きです。

今日では不適切と受け取られる原文中の表現が、一部含まれていることをお断りします。

          *          *          *

「十六日は必ずお待ちしています。来てください」

と言ったのも何も忘れて、今まで思い出しもしなかった結城朝之助にふと出会って、あれと驚いた顔つきの、普段に似合わない慌てかたが可笑しいといって、からからと男が笑うので少し恥ずかしく、

「考えごとをして歩いていたので、不意のように慌ててしまいました。今夜はよく来てくださいました」

と言うと、

「あれほど約束をして、待っていてくれないのは誠意がない」

と責められるので、

「何とでもおっしゃい。言い訳は後でいたします」

と手を取って引くと、

「野次馬がうるさい」

と注意する。

「どうでも勝手に言わせましょう。こちらはこちら」

と人中を分けて伴った。

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2009年2月13日 (金)

まちこ訳「にごりえ 五」

今日は、16日のイベントのリハと準備が終わりました。ということで、「にごりえ」の続きです。

今日では不適切と受け取られる原文中の表現が、一部含まれていることをお断りします。

          *          *          *

誰が白鬼と名をつけたのか、銘酒屋という無間地獄はどことなく風情ありげに見せかけ、どこにからくりがあるとも見えないが、逆さ落としの血の池、借金の針の山に追い上らせるのもお手のものと聞くと、「寄っておいでよ」と甘える声も、蛇を食う雉と恐ろしくなる。

そうはいっても、胎内で十ヵ月を同じく過ごし、母の乳房にすがった頃は、手をたたいては「あわわ」という可愛さで、紙幣と菓子の二者択一には、おこしをおくれと手を出したので、今の稼業に誠意はなくても、百人のうちの一人に真からの涙をこぼして、

「聞いておくれ、染物屋の辰さんのことを。昨日も川田屋の店でおちゃっぴいのお六めとふざけまわして、見たくもない往来にまで担ぎ出して、たたいたりたたかれたり、あんな浮いた了見で末が遂げられようか。

まあ、いくつだと思う。三十は一昨年、いい加減に所帯でも持つ心積もりをしておくれと会うたびに意見をしても、そのときばかり、うん、うんと空返事して、根っから気にも留めてくれない。

父さんは年をとって、母さんというのは目の悪い人だから、心配をさせないように早く身持ちをよくしてくれればいいが、私はこれでもあの人の半纏を洗濯して、股引のほころびも縫ってみたいと思っているのに、あんな浮いた気持ちでは、いつ引き取って妻にしてくれるだろう。考えるとつくづく奉公が嫌になって、お客を呼ぶにも張り合いもない。ああ、くさくさする」

と言って、いつもは人を騙す口で相手の薄情を恨む言葉。頭痛を押さえて思案に暮れる者もあり、

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2009年2月11日 (水)

まちこ訳「にごりえ 四」

ひとつ仕事が終わったので、「にごりえ」の続きです。

今日では不適切と受け取られる原文中の表現が、一部含まれていることをお断りします。

          *          *          *

同じ新開の町外れにある、八百屋と髪結床の庇が重なり合っているような細い路地。雨が降る日は傘もさせない窮屈さで、足元にはところどころ溝板の落とし穴が危うげなのを挟んで、両側に棟割長屋が立っている。

突き当たりのごみ溜めの脇には、上がり框が腐って、雨戸はいつも無用心な建てつけの九尺二間(間口一間半、奥行き二間)。さすがに表口しかない建て方ではなく、山の手である利点には、三尺ほどの縁の先に草ぼうぼうの空き地がある。その端を少し囲って、青じそ、えぞ菊、いんげん豆の蔓などを粗い竹垣に絡ませているのが、お力に所縁の源七の家だ。

女房はお初といって、二十八か九にもなるだろう。貧乏にやつれているので七つも歳が多く見えて、お歯黒はまだらで、生え放題の眉毛は見るかげもなく、洗いざらしの鳴海の浴衣は擦り切れた前と後ろを切り替えて、膝のあたりは目立たないように小針のつぎを当て、狭い帯をきりりと締めて、駒下駄に籐の表を張る内職をしている。

盆前からの暑い時分を、今がかき入れ時だと大汗をかいて仕事に励み、揃えた籐を天井から釣り下げ、少しの手数も省こうとして、数が上がるのを楽しみに脇目も振らないさまがあわれだ。

「もう日が暮れたのに、太吉はなぜ帰ってこない。源さんもまた、どこを歩いているのかしらん」

といって、仕事を片づけて一服吸いつけ、苦労性らしく目をぱちつかせて、さらに土瓶の下をほじくり、蚊いぶし火鉢に火を取り分けて、三尺の縁に持ち出し、拾い集めの杉の葉をかぶせてふうふうと吹きたてると、ふすふすと煙が立ち上って軒端に逃げる蚊の音がすさまじい。

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2009年2月10日 (火)

まちこ訳「にごりえ 三」

また昨日の続きです。

今日では不適切と受け取られる原文中の表現が、一部含まれていることをお断りします。

          *          *          *

客は結城朝之助(ゆうき とものすけ)といって、自ら道楽者とは名乗っているが、誠実なところがおりおり見えて、無職、妻子はない。

遊びに屈強な年頃だからか、これを初めとして週に二、三度通い、お力もどことなく慕わしく思うのか、三日来なければ手紙を出すほどの様子を、朋輩の女たちが焼き餅をやいてからかっては、

「力ちゃん、お楽しみだろうね。男振りはよし、気前もよし、今にあの方は出世をなさるに違いない。そのときはお前のことを奥様とでもいうのだろうに、今から少し気をつけて、足を出したり、湯呑みで酒をあおるのだけは止めにおし。柄が悪いやね」

と言う者もあり、

「源さんが聞いたらどうだろう。気違いになるかもしれない」

と冷やかす者もある。

「ああ、出世して馬車に乗ってくるとき都合が悪いから、道普請からしてもらいたいね。こんな溝板のがたつくような店先へ、それこそ柄が悪くて、横づけにもされないじゃないか。お前さんがたももう少しお行儀を直して、お給仕に出られるように心がけておくれ」

とずけずけと言うので、

「ええ、憎らしい。そのもの言いを少し直さないと、奥様らしく聞こえないだろう。結城さんが来たら思いきり言って、小言をいわせてみせよう」

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2009年2月 9日 (月)

まちこ訳「にごりえ 二」

昨日の続きです。

          *          *          *

ある雨の日のつれづれに、表を通る山高帽子の三十男がいた。あれでもつかまえないと、この降りに客足が止まらないと、お力が駆け出して袂にすがり、

「どうしても行かせません」

と駄々をこねると、器量のよさが功を奏し、いつもと違う紳士ふうのお客を呼び入れて、二階の六畳で三味線なしのしめやかな物語になった。年を聞かれて、名を聞かれて、その次は親元の調査で、

「士族か」

と言えば、

「それは言えません」

と言う。

「平民か」

と聞けば、

「どうでございましょうか」

と答える。

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2009年2月 8日 (日)

まちこ訳「にごりえ 一」

久しぶりに誤訳御免の現代語訳です。今度は樋口一葉の「にごりえ」(『文芸倶楽部』明治28年9月)。1回1章ずつの予定です。

なお、今日では不適切と受け取られる原文中の表現が、一部含まれていることをお断りします。

          *          *          *

「おい、木村さん、信さん、寄っておいでよ。お寄りといったら、寄ってもいいじゃないか。また素通りで二葉屋へ行く気だろう。押しかけて行って引きずってくるから、そう思いな。ほんとにお風呂なら、帰りにきっと寄っておくれよ。嘘つきだから、何を言うか知れやしない」

と店先に立って、馴染みらしい突っかけ下駄の男をつかまえて、小言のようなものの言い振り。

腹も立たないのか、言い訳しながら、

「後で。後で」

と行き過ぎるあとを、ちょっと舌打ちしながら見送って、

「後でもないもんだ、来る気もないくせに。本当に女房持ちになっては仕方がないね」

と店に向かって敷居を跨ぎながら、独り言をいうと、

「高ちゃん、だいぶご述懐だね。何もそんなに案じなくていいだろう。焼けぼっくいと何とやら、またよりが戻ることもあるよ。心配しないで、まじないでもして待つがいいさ」

と慰めるような朋輩の口ぶり。

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2008年6月19日 (木)

『梁塵秘抄』の老いの歌

昨年6月のバックナンバーを見てみました。

「社会のこと」カテゴリで書いてたのは、教育三法の成立や奨学金の未返還問題、裁判員制度の導入のこと(最近、この手の話題、書いてないなあ・・・)。

「小説・評論のこと」カテゴリでは、関川夏央『女流-林芙美子と有吉佐和子』、石牟礼道子・伊藤比呂美『死を想う-われらも終に仏なり』、平安末期に流行した今様を集めた『梁塵秘抄』のこと。

白拍子と呼ばれる遊女たちが歌い舞ったという今様。昨年は恋の歌を取り上げましたが、今回は老いの歌をまちこ訳で・・・。

394 女の盛りなるは、十四五六歳廿三四とか、三十四五にし成りぬれば、紅葉の下葉に異ならず。

「女の盛りなのは、十四、五、六歳から、せいぜい二十三、四だなんて、三十四、五にもなっちゃうと、紅葉の下葉と変わらないわ」

老いることの哀感のはずなんだけど、盛りを過ぎた遊女が歌ったら、「それが何か?」って不敵な感じも出そうcoldsweats01

397 見るに心の澄むものは、社毀(こぼ)れて禰宜(ねぎ)も無く、祝(はふり)無き、野中の堂の又破れたる、子生まぬ式部の老いの果。

「見ると心が寒くなるのは、神社が壊れて神職たちさえいないもの、野中のお堂の荒れたもの、子どもを生まない女官の老いの果て」

神社やお堂さえ荒れたままの殺伐とした浮世。子のないワーキングウーマンの老後は・・・と歌ってますが、本当に寒いのは世の人心と言ってるみたい。

409 鏡曇りては、我身こそ窶(やつ)れける、我身やつれては、男退(の)け引く。

「年を経て曇った鏡を見ては、わが身のやつれが思い知らされる。これでは男も遠のいてしまう」

容色の衰えにため息をつく歌。新しい鏡を見たら、もっとため息が出るかも? それでも遠のかない男は・・・探すの難しいだろうなあ。

449 月も月立つ月毎に若きかな、つくづく老をする我が身何なるらむ。

「月は月でも、新月になるたびに若いのね。それに引きかえ、もの寂しく年老いていくわが身はどうしたことかしら」

月の満ち欠けと同じく、取った歳もリセットされるといいんだけど・・・という歌。アンチ・エイジングは叶わぬ願い。

490 老の波磯額にぞ寄りにける、あはれ恋しき若の浦かな。

「老いの波が磯ならぬ額に寄ってしまった。ああ、和歌の浦ならぬ若かった頃が恋しいわ」

若の浦(和歌山市和歌浦)には行ったことありますが、歌枕ってこういうふうに使えるのね・・・という歌。

どれも老いを嘆き悲しむ歌のはずなのに、どこか面白くてたくましい歌です。

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2008年6月10日 (火)

人心地

昨夜、遠くの親友から電話があって久しぶりの長話。いつもながら、話題は多岐にわたりましたが、その感想を一言でいえば・・・。

ひとごこち【人《心地》】
(1)緊張が解けてほっとしたくつろいだ気持ち。
(2)人間として正常な感覚。正気。平常の心。
                           (『大辞林』第2版)

今は二人とも、地方で、職場で、マイノリティな日々を送ってますが、浮世の疲れを解きほぐすかのように話し、また浮世へと漕ぎ出します。

ところで、彼女から鴎外の「そめちがへ」の兼吉姐さんの話が出たとき、こんな話をしました。

「今度、泉鏡花の『夜行巡査』を訳したんだけど」
「いい女か男が出てくるの?」
「ううん、意地悪な伯父さんが出てくる」
「じゃあ、なんで?」
「白糸が出てくる『義血侠血』にしたかったけど、長いから」

本当にそれだけの理由で、手頃な長さの『夜行巡査』を選びましたが、訳してみて、ままならぬ浮世でも、自分を失ってはいけないなあ・・・と思ったのでした。

興味がおありの方は、まちこの現代語訳 泉鏡花「夜行巡査」をご覧くださいませ。

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2008年3月10日 (月)

美貌士官の激務と悲恋

昨日、「アップするのはちょっと後になるかも」なんて書きましたが、その時点では途中までやっていたので、大急ぎでやっちゃいました。

 まちこの現代語訳 森鴎外「ふた夜(後の夜)」

キーを打つのは早いので、PCの横に置いた本を見ながらダダーっと。やっちゃわないと、(金)締め切りの仕事に集中できなくてcoldsweats01

あまり見直していないので、間違いは多々あろうかと思いますが、趣味でやってることなので、ご勘弁ください。伯の兵職名は、フランス語風の「ユサール」からドイツ語風の「フザール」に改めました。

それにしても、「ふた夜」の金髪の伯。『銀英伝』に出てきてもいいような、可愛らしくもいい男ですlovely

ということで、明日は、署名・捺印した同意書2通とわざと読みかけの『銀英伝 7』を持って、バスで病院に行ってきますbus

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2008年3月 9日 (日)

美貌士官の恋のゆくえ

7日夜に始めたハックレンデル作、森鴎外訳の「ふた夜」の前半「初の夜(一八四四年)」を現代語訳してみました。

 まちこの現代語訳 森鴎外「ふた夜(初の夜)」

先日、遠くの親友に「面白いかなあ」と言ったときは、パラパラとめくってたくらいで、読んだのは初めてですが、士官たちの会話に『銀英伝』を思い出し、ドイツ三部作のあの部分、この部分と似たところもあって面白かったですhappy01

後半の「後の夜(一八四八年)」は、4年後の話。来週は、(火)(水)の病院のほか、(金)締切の仕事やイベントがあるので、アップするのはちょっと後になるかも。

気になる方は、「青空文庫」にはアップされていないので、岩波文庫等でお読みくださいませ。

「文づかひ」「そめちがへ」「ふた夜」も収録されてます

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2008年3月 2日 (日)

「軒もる月」の冷笑

樋口一葉の「軒もる月」(『毎日新聞』明治28年4月3日、5日)を訳してみました。

本文には、初出と同様、「 」が付いてない筑摩書房の全集を使用。小学館の全集は、科白と内言語に「 」が付いて読みやすいけど、語りから内言語にすっと移行するおもしろさに欠けるかなと思って。

小学館版に拠る本文はこちら。
 青空文庫 樋口一葉「軒もる月」

私の現代語訳はこちら。
 まちこの現代語訳 樋口一葉「軒もる月」

「軒もる月」といえば、「月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つはもとの身にして」(古今・恋五・業平)を本歌取りした「梅の花匂ひを移す袖の上に軒もる月の影ぞ争ふ」(新古今・春上・定家)が手元の辞書にも載ってますが、一葉の「軒もる月」は霜の降りる季節。

空に凍った月が浮かぶ夜。今は夫も子もある女・袖が、何を思い、どう変わるか。ご興味がおありの方は、ご覧くださいませ。

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2008年2月24日 (日)

ストレスのバロメータ

3年前の2月22日に、闘病1ヵ月の末に愛猫ミントを亡くしてから、毎年1月になるとじわじわとナーバスになり、2月になるとさらに昂進。

こんな有様では、ミントに「ウルル~」と叱られそうだと思いながら、雪と体調不良も重なって、ここ数日伏せってました。

外科(専門外来なので水曜か金曜)に行くのも、面倒なので延ばし延ばしにしてますが、行かずに気にしていても仕方ないし、27日は無理なので、29日の会議を休ませてもらって行こうかなあ・・・。

ところで、今日は遠くの親友と久しぶりに長電話し、いずこも浮世=憂世ねえ・・・と思いましたが、今夜、私の現代語訳「うたかたの記」を読んでみるというので、また少し手を入れました。

「次の現代語訳、何にしよう? あれ、いいよー。訳してるときは、その文脈でその文をどう訳すかってことしか考えないから」
「樋口一葉でもやったら?」
「一葉は、訳、いっぱい出てるもん。出てないのがいい」
「何でもいいけど、どれだけストレス抱えてるんだと思うから、数ヵ月に1回くらいにしてよ」

ちなみに、一葉作品の現代語訳本をAmazonで検索してみると・・・。

 河出文庫『たけくらべ-現代語訳・樋口一葉』

松浦理英子「たけくらべ」、藤沢周「やみ夜」、篠原一「十三夜」、井辻朱美「うもれ木」、阿倍和重「わかれ道」を収録。

 河出文庫『にごりえ-現代語訳・樋口一葉』

伊藤比呂美「にごりえ」「この子」「裏紫」、島田雅彦「大つごもり」「われから」、多和田葉子「ゆく雲」、角田光代「うつせみ」を収録。

この2冊は、同じ河出書房新社の「現代語訳・樋口一葉【全5巻】」シリーズの文庫化だと思いますが、元のシリーズにある「闇桜」と「雪の日」は入ってないみたい。

いずれにせよ、「たま襷」「別れ霜」「五月雨」「経つくえ」「暁月夜」「琴の音」「花ごもり」「軒もる月」は訳されてないようなので、そのうち。「また、やってる」って笑われそうだけどcoldsweats01

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2008年2月16日 (土)

「そめちがへ」の昔と今

鴎外の「そめちがへ」(『新小説』明治30年8月)を訳してみました。

戯作ふうで読みやすいので、わざわざ訳してみる必要もない感じですが、いいストレス解消になりました。

岩波文庫の解説によると、斉藤緑雨が「鴎外漁史がそめちがへは鴎外漁史のそめちがへなり」といって、失敗作として揶揄したそうですが、ネットで原文を読んでみようかという方は、こちらをどうぞ。
 青空文庫 森鴎外「そめちがへ」

で、その拙い現代語訳は、こちら。
 まちこの現代語訳 森鴎外「そめちがへ」

ドイツ三部作から6年ぶりの小説で、初めて日本を舞台に恋愛ものを書くときに粋筋の世界を選んでいるところや、兼吉姐さんの想いが通じない原因が、ドイツ三部作のように国家や社会という大状況のせいにされていないところに、昔と今(流行と不易)を感じました。

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2008年2月 3日 (日)

『最暗黒の東京』の残飯屋

先週は、通常業務のほかに、会議、イベント、よそからの委託業務に追われてましたが、昨日そのストレス解消ということで、松原岩五郎『最暗黒の東京』(明治26年)の7~9章を現代語訳してみました。

Saiankokunotokyo_2 ←『最暗黒の東京』 (岩波文庫)

明治20年代半ばの東京の下層社会の探訪記で、初めて読んだのは10年ほど前。その頃は「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」なんて言葉は、まだ使われてなかったっけ・・・と思いながら、初読のときに驚いた「残飯屋」の章を取り上げました。

読んでもいいよという方がいらっしゃったら、こちらから。

今週はまた月~金曜まであれこれありますが、頑張らないとなあ。

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2008年1月19日 (土)

「訳」「現代語訳」の検索

近頃、「うたかたの記」「文づかひ」「外科室」という作品名に「訳」「現代語訳」を組み合わせた検索ワードでのアクセスが増えてます。

ためしにGoogleで検索してみると、「うたかたの記 訳」で5,320件中2件目、「文づかひ 訳」で1,270件中1件目、「外科室 訳」も3,250件中1件目に出てきて、ちょっとビックリ。

「うたかたの記」は首都圏から、「文づかい」「外科室」は近畿からのアクセスが多いので、時期的にどこかの大学でレポートが出てるのかなあ・・・と思ったりしてますが、まさか「現代語訳せよ」なんて課題は出てませんよね?

ご訪問いただいて大変うれしいのですが、私の訳では、語注(バヴァリア=当時のドイツ連邦共和国の南東部に位置する最大国・・・というような)は付けてないし、間違いもあるかもしれません。

また、ブログにアップしたものは、見やすさを考えて原文の段落とは違う箇所で改行してますが、右サイドバーからリンクしているファイルは、原文の段落と同じ箇所で改行し、多少修正しています。

ご覧いただく際は、そのあたりをご了解のうえ、万が一「現代語訳せよ」という課題であってもコピペはせず(ネットで見つかるものは必ずバレる)、表現・内容にかかわる課題の場合は、必ず原文と研究書(論文)を読まれることをおススメします♪

研究書は図書館にいろいろあるし、紀要論文はPDFでネットでも読めるものがあります。参考にした論文は、レポートの最後に著者名・論文名・発表誌名・発表年月を明示することも忘れずに(明示しなくても必ずバレる)。

私もさっき、「うたかたの記 PDF」で検索してみて、2件目に出てきた論文で、巨勢が最後に跪いていたローレライの絵は、完成していたのか、未完成だったのかなんて議論があるのを初めて知りました。

そのくらい不勉強な私の現代語訳だってことです^_^;

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2008年1月 6日 (日)

「外科室」とファム・ファタール

休み中、雪の日が多かったので、生来のインドア志向のまま、ほとんど引きこもっていましたが、昨日あたりから、そろそろ仕事の準備もしないとなあ・・・とは思ってました。

でも、これだけ休むと気が進まないので、泉鏡花の「外科室」(明治28年)を現代語訳したり、森鴎外の「カズイスチカ」「妄想」を読んだりしてました。

「外科室」は1992年に映画化されていて、監督は坂東玉三郎。貴船伯爵夫人に吉永小百合、医学士高峰に加藤雅也、高峰の親友で語り手の画家に中井貴一という配役で、50分の短編ですが、さすが玉三郎という美しい作品です。

植物園の赤い躑躅と琴の音色に囲まれた非日常的空間で出会い、言葉も交わさずに別れた9年後、患者と執刀医として、手術室という非日常的空間で再会する夫人と高峰。

出会ったときの夫人は、原作では銀杏髷の独身ですが、映画では丸髷の若妻として登場するので、当時の身分制や家父長制を思い出さなくても、道ならぬ恋になってます。

原作で好きなのは、凛とした夫人の姿を支える外面=白、内面=赤の「雪の寒紅梅」的色づかいと、「躑躅」の赤との比較。それと、商人風の若者二人が、彼女の美を絶賛したあげくに「私は遁げるよ」という部分。

まるで落語の登場人物のような吉さんたちの会話ですが、これがなければ、ファム・ファタール(宿命の女、男を破滅に導く女)としての夫人が弱くなってしまうし。

映画で好きなのは、赤い躑躅と琴の音色が作る空間と、池を挟んで夫人と高峰が見つめあう場面。画面の中央を大きく占め、夫人の立ち姿を写した池は、二人の恋の障害を象徴し、夫人の内面を写す鏡にもなっていて、ほれぼれします(#^.^#)

と、以前見た記憶で書いてますが、原作を現代語訳して、また映画も見てみようかなあ・・・と思いました。

 ←中古ビデオを持ってます

何年か前に、今泉容子『日本シネマの女たち』(ちくま新書)という本を読みましたが、それによれば、ファム・ファタールの要件は以下の3つ。

  1. 非日常
  2. エロス

非日常的な空間で出会い、その魅力で男を惹きつけ、ついには死をもたらす女というわけですが、映画ではサスペンスやパニックなどジャンルを問わず、よく登場しますよね?

たとえば、『タイタニック』のローズ。ディカプリオ扮するジャックは、超豪華客船で彼女と出会って恋におち、彼女を助けるために死んでしまうから。ローズがジャックの死後もたくましく生き、孫もいるリッチなおばあさんになってたのは、貴船伯爵夫人と大違いですが^_^;

ファム・ファタールもいろいろですが、その一人、貴船伯爵夫人が登場する「外科室」の現代語訳も、右サイドバーにリンクを貼りました。

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2007年12月25日 (火)

ドイツ三部作の現代語訳

22~24日の3連休中から、森鴎外「舞姫」を現代語訳してました。

「うたかたの記」、「文づかひ」については、11月にそれぞれ3回に分けて、現代語訳を載せましたが、感想文・レポートを抱えた生徒・学生の皆さんか、社会人の方か、ワード検索でほぼ毎日アクセスがあります<(_ _)>

「舞姫」については、井上靖『現代語訳 舞姫 』(ちくま文庫)などが刊行され、ネット上にも現代語訳が多数出ていて、今さらという感じですが、ドイツ三部作のうち、これだけ取り上げないのも中途半端かなあ・・・と思って。

で、どうせなら一度に読みやすい方が・・・と思って、「舞姫」は初めから別ファイルにまとめましたが、ついでに「うたかたの記」と「文づかい」も、別ファイルでアップロードしました(少し修正しました)。

  1. まちこの現代語訳「舞姫」
  2. まちこの現代語訳「うたかたの記」
  3. まちこの現代語訳「文づかひ」

右サイドバーにリンクもリンクを貼りました。ご笑覧いただければ幸いです。

ところで、ドイツ三部作に共通するのは、男性中心社会の中で「狂女」になったり、「狂女」と呼ばれたりする女性が登場すること。

エリスは精神的に死に、マリイは肉体的に死に、イイダは死んだ気で生きる道を選びますが、何が彼女をそうさせたか、それをどう描いているか・・・を考えると、鴎外が樋口一葉を褒めたというのも、「うべなるかな」という気がしました。

懐かしい古典文法の勉強にもなりましたが、まだ間違ってるところがあっても、怒らないでご自分で調べてくださいね。とくに、生徒・学生の皆さんは。

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2007年11月25日 (日)

まちこ訳「文づかひ・下」

※ 今日では不適切と受け取られる原文中の表現を一部含んでいることをお断りします。

     *     *     *     *     *

王都ドレスデンの中央でエルベ川を横切る鉄橋の上から望むと、城通りに跨っている王宮の窓が、今夜はことさら光り輝いている。

私も数に洩れず、今日の舞踏会に招かれたので、アウグスツスの大通りに余って列をなした馬車の間をすり抜け、いま玄関に横づけにした一両から出てきた貴婦人が、毛皮の肩掛けを随身に渡して車の中にしまわせ、美しく結い上げた金髪とまぶしいほど白い襟足を露わにして、車の扉を開けた剣を帯びている警備の者を顧みもせずに入った後で、その乗っていた車はまだ動かず、次に待っている車もまだ寄せない間をはかり、槍を持って左右に並んでいる熊毛の軍帽の近衛兵の前を過ぎ、赤い敷物を一直線に敷いた大理石の階段を上った。

階段の両側のところどころには、黄羅紗に緑と白の縁を取ったリフレエを着て、濃紫の袴を穿いた男が、うなじをかがめて瞬きもせずに立っている。昔はここに立つ人が各々手燭を持つ習慣だったが、今は廊下や階段にガス灯を用いることになって、それはなくなった。

階上の広間からは、古風な吊り燭台の蝋燭の火が遠く光の波を漲らせ、数知れない勲章、肩章、女性の衣装の飾りなどを射て、先祖代々の油絵の肖像の間に挟まれた大鏡に照り返されているのは、言葉にすれば平凡になってしまう。

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2007年11月24日 (土)

まちこ訳「文づかひ・中」

※ 今日では不適切と受け取られる原文中の表現を一部含んでいることをお断りします。
とくに不適切と判断した部分は、文意を損ねない範囲で、訳出の対象から除外しました。

     *     *     *     *     *

私たちがまだ温もらない床を降りて、窓の下の小机に向かって煙草を燻らしていると、先の笛の音がまた窓の外に起こって、途絶えては続き、鶯の雛が試し鳴きをするようだ。メエルハイムは咳払いして語りだした。

「十年ばかり前のことだ。ここから遠くないブリヨーゼンという村に哀れな孤児がいた。六つ七つのとき流行の病で両親が亡くなったが、心配する者がなく飢える寸前だったところ、ある日、パンの乾いたものはあるかと、この城へもらいに来た。

その頃、イイダ嬢は十歳ほどだったが気の毒に思って食べ物を与えた。おもちゃの笛があったのを与えて、『これを吹いてみて』と言うが、口唇裂なのでくわえられない。イイダ嬢は、『あの口を治してあげて』とむずかって止まない。母である夫人が聞いて、幼い者が心優しく言うのだからと医師にお縫わせになった。」

「そのときから、あの少年は城に留まって羊飼いとなったが、いただいたおもちゃの笛を離さず、後には自ら木を削って笛を作り、ひたすら吹く稽古をしたので、誰も教える者はないが、自然にああいう音色を出すようになった。」

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2007年11月23日 (金)

まちこ訳「文づかひ・上」

先日、森鴎外「うたかたの記」を現代語訳してみましたが、今度は「文づかひ」(『新著百種』12号、1891年1月)。原文には章立てがありませんが、ここでは便宜的に上・中・下に分けました。

※ 今日では不適切と受け取られる原文中の表現を、一部含んでいることをお断りします。とくに不適切と判断した部分は、文意を損ねない範囲で、訳出の対象から除外しました。

     *     *     *     *     *

ある皇族が星岡茶寮で開催されたドイツ留学をした者の懇親会で、帰国した将校が順を追って体験談を語ったときのことであったが、「今夜は君の話を聞くことになっている。殿下もお待ちかねでいらっしゃるから」と促されて、まだ大尉になって間もないらしい小林という少壮士官が、口にくわえた煙草を取って火鉢の中へ灰を振り落として語り始めた。

私がザクセン軍付けになって秋の演習に行ったときは、ラーゲヴィッツ村のあたりで、対抗戦はすでに終わって仮想敵軍を攻撃する日になっていた。

小高い丘の上にまばらに兵を配置して敵に見立て、地形の波面、木立、田舎家などを巧みに盾に取って、四方から攻め寄せる様子がめったにない壮観だったので、近郷の住民がここかしこに群れをなし、中に混じった少女たちの黒ビロードの胸当てが晴れの場らしく、小皿を伏せたような縁の狭い帽子に草花を挿しているのも面白いと、持っていった双眼鏡で忙しくあちらこちらを見回していると、向かいの岡の一群が際立って美しく思われた。

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2007年11月14日 (水)

まちこ訳「うたかたの記・下」

※ 今日では不適切と受け取られる原文中の表現を一部含んでいることをお断りします。

     *     *     *     *     *

                  

変わりやすい空に雨が止んで、学校の庭の木立の揺れるのだけが、曇った窓ガラスを通して見える。少女の話を聞く間、巨勢の胸では、さまざまな感情が戦っていた。

あるときは昔別れた妹に会った兄の気持ちになり、あるときは廃園で倒れたヴィーナスの像に、独り悩む彫刻家の気持ちになり、あるときは妖婦に心を動かされ、罪を犯すまいと戒める修行僧の気持ちにもなったが、聞き終わったときは、胸が騒ぎ体が震えて、思わず少女の前に跪こうとした。

少女は急に立って「この部屋の暑いこと。もう校門も閉ざされる頃でしょうけど、雨も上がりました。あなたとならば、恐ろしいこともありません。一緒にスタルンベルヒへいらっしゃいませんか?」と傍の帽子を取ってかぶった。

その様子は、巨勢が同行することをまったく疑わないようだ。巨勢はただ母に引かれる幼児のように従っていった。

門前で馬車を拾って走らせると、ほどなく停車場に着いた。今日は日曜だが、天気が悪かったからか、近郷から帰る人も少なく、ここはたいそう静かだ。

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2007年11月13日 (火)

まちこ訳「うたかたの記・中」

※ 今日では不適切と受け取られる原文中の表現を一部含んでいることをお断りします。

     *     *     *     *     *

                  

不思議な少女が去ってから、ほどなく人々は別れた。

帰り道でエキステルに聞くと、「美術学校でモデルとなる少女の一人で、フロイライン・ハンスルという者だ。ご覧のように奇怪な振る舞いをするので、狂女だともいい、また他のモデルと違って人に肌を見せないので、身体に障害があるのではと言う者もいる。

その履歴は知る者がないが、教育があって気性は平凡でなく、汚れた行為はしないので、美術学生の仲間には喜んで友とするものが多い。モデルに適したよい顔なのはご覧のとおりだ」と答えた。

「僕が画を描くにも理想的だ。アトリエが整った日には、来てほしいと伝えてくれ。」
「わかった。だが、十三の花売り娘ではない。ヌードの研究が不安だと思わないか。」
「ヌードモデルはしない人だと君も言ったが。」
「そうだった。だが、男とキスしたのも今日初めて見たよ。」

エキステルのこの言葉に巨勢は赤くなったが、街灯の暗いシラー記念碑のあたりだったので、友には見えなかった。巨勢のホテルの前で二人は別れた。

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2007年11月12日 (月)

まちこ訳「うたかたの記・上」

森鴎外「うたかたの記」(『しがらみ草紙』、1890年8月)のまちこ訳です。まずは「上」から。先週末に職場の年間最大イベントが終わったので、なんとなく・・・。

※ 今日では不適切と受け取られる原文中の表現を一部含んでいることをお断りします。

     *     *     *     *     *

                  

数頭の獅子が引いている車の上に、勢いよく突っ立っている女神バヴァリアの像は、先王ルードウィヒ一世が、この凱旋門に据えさせたのだという。その下からルードウィヒ街を左に折れたところに、トリエント産の大理石で築かれた建物がある。

これがバヴァリアの首都に名高い名所の美術学校だ。校長ピロッチイの名はあちこちに鳴り響いて、ドイツの国々はもちろん、ギリシア、イタリア、デンマークなどからも、ここに集まってくる彫刻家、画家は数知れない。

日課を終えた後は、学校の向かいにあるカフェ・ミネルヴァという店に入って、コーヒーを飲み、酒を酌み交わしなどして思い思いに遊んでいる。今夜もガス灯の光が半ば開いた窓に映って、中には笑いさざめく声が聞こえるとき、前に来かかった二人がいる。

先に立っている人は、褐色の髪が乱れたのを厭わず、幅が広いスカーフを斜めに結んださまが、誰の目にもこちらの美術学生と見えるはずだ。立ち止まって、後ろの色の黒い小柄な男に向かい、「ここだ」と言って戸口を開けた。

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2007年6月20日 (水)

『梁塵秘抄』の恋の歌

後白河法皇が、平安末期に流行していた今様(いまよう)を集めた『梁塵秘抄』。先日、石牟礼道子と伊藤比呂美の『死を想う―われらも終には仏なり』を読んで興味をもったので、辞書を片手に読みました。

『死を想う』で触れていた「仏」の歌もステキですが、「恋」の歌もなかなか。今様を歌い舞った白拍子と呼ばれる遊女たちを想像しながら、誤訳御免のまちこ訳と感想を書いときますφ(..)

334 常に恋するは、空には織女(たなばた)流星(よばひぼし)、野辺には山鳥秋は鹿、流(ながれ)の君達(きうだち)冬は鴛鴦(をし)。

「いつも恋しているものは、空には織女と牽牛星、よばひ(求婚)の名を持つ流れ星、野辺には雌雄が峰を隔てて眠る山鳥、秋は牡が牝を呼んで鳴く鹿、舟に乗りゆく遊女たち、冬は鴛鴦(おしどり)」

「遊女は恋のプロよ」って感じがいいなあ・・・。

336 百日百夜は独り寝と、人の夜夫(よづま)はいなじせうに、欲しからず、宵より夜半(よなか)まではよけれども、暁鶏(とり)鳴けば床さびし。

「長く独り寝することになって、人の夜妻である私はどうしよう。欲しくない、そう思って宵から夜中までは辛抱したけど、暁に鶏が鳴くのが聞こえると、さびしくてたまらない」

恋人はしばらく留守みたい。「欲しくない」と仮想しての辛抱が、切ないです。

338 厳粧(けしやう)狩場の小屋並び、暫しは立てたれ閨(ねや)の外(と)に、懲らしめよ、宵の程、昨夜(よべ)も昨夜(ようべ)も夜離(よがれ)しき、悔過(けくわ)は来りとも、来たりとも、目に見せそ。

「美しく飾られた狩場の小屋が並んでいるけど、しばらくは立たせておこう、寝所の外に。懲らしめてやろう、宵のうちは。昨夜も一昨夜も通ってこないで、謝ってきたって、もし来たって、会ってあげない」

ご無沙汰されて、ちょっと怒って拗ねてる歌。

459 わが恋は一昨日見えず昨日来ず、今日音信(おとづれ)無くば明日の徒然(つれづれ)如何にせん。

「私の恋人は一昨日も見えず、昨日も来ない。今日連絡がなかったら、明日の手持ち無沙汰をどうしよう」

ご無沙汰されて不安だし、「ああ、所在ないわ」って歌。前の歌もそうですが、「たった2、3日で」と言ってしまうと、終わっちゃう歌。

460 恋ひ恋ひて邂逅(たまさか)に逢て寝たる夜の夢は如何見る、さしさしきしとたくとこそみれ。

「恋しくて恋しくて、久しぶりに逢って寝る夜は、どんな夢を見るかしら。お互いにぎゅっと抱きあう夢を見るかしら」

「さしさしきしと」には、「きしきしきしと」という説も。その場合は、「骨も軋むくらいにぎゅーっと」でしょうか?

464 東屋の妻とも終に成らざりけるもの故に、何とてむねを合わせ初(そ)めけむ。

「とうとう妻にもならなかったのに、どうして体を合わせ始めてしまったのだろう」

寄せ棟造りの東屋には、切り妻造りのような「端(つま)」がないことを踏まえ、「棟」と「胸」を掛けたテクニシャンの歌。

485 恋しとよ君恋しとよ床しとよ、逢はばや見ばや見ばや見えばや。

「恋しいの、あなたが恋しいの、惹かれてるの。逢いたいな、見たいな、見たいな、あなたに私を見せたいな」

明るくリズミカルな歌ですが、元歌の畳語や同音繰り返しは、山川登美子の歌みたい。

他にもいろいろありますが、千年昔も今とそう変わってない人間がカワイイというか・・・。ちなみに、女の「老い」の歌も、今とあんまり変わってませんでした。

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