谷村志穂『余命』
谷村志穂『余命』 新潮文庫 2008年
これも〈乳がん〉が登場する長編ですが、2009年に松雪泰子主演で映画化されたので、読まれた方も多いかも・・・。
再読のきっかけは、下の記事を目にしたこと。
「妊娠継続しつつ積極的治療という選択肢も:がんナビ」http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/cancernavi/report/200806/100162.html
とりあえず、主人公の百田滴の足跡を年譜ふうに挙げてみると・・・。
*
1989年(24歳)
医師国家試験に合格。恋人の良介は不合格、趣味の写真で新人賞をとる。
大学病院で研修医として働き始める。
若年性乳がん(腫瘍径3センチ超、リンパ節転移有、遠隔転移無)で、胸筋温存右乳房全摘手術、抗がん剤、放射線などの治療を受ける。
1993年(28歳)
フリーカメラマンとなった良介と結婚。
1994年(29歳)
右乳房をインプラント再建。
1996年(31歳)
大島総合病院外科に転職。
2003年(38歳)
冬、妊娠を知り、良介、同僚の医師・保井きり子、家主兼行きつけの喫茶店店主・吉野夫妻に告げる。
直後に触診とエコーで右乳がんの再発を知るが、出産するため誰にも告げず、治療しないことを決める。
2月、母の故郷・奄美に良介と旅行。
春、決意が揺らぐのを恐れる滴に遠ざけられ、良介、鳥島のアホウドリの撮影を受注し、以後返信を絶つ。
6月、臨月で病院を退職後、聖母子病院で男児を飛び込み出産。りょうと呼ぶことにする。
退院後、自宅にりょうとひきこもるが、2週間で「がんの花」が咲く。吉野夫妻から連絡を受けて訪ねてきたきり子から、「早くて一年、長くて二年。何の治療もしない今のあなたに、余命を訊かれるなら、そう答えます」、「妊娠中に使える抗がん剤だってあったんです。今は昔と違うんです。あなたも医師なんでしょう?」と言われる。腰痛がひどくなり、母乳を止めて鎮痛剤を飲むため、りょうを抱いて粉ミルクを買いに出た路上で倒れ、聖母子病院に運ばれる。
吉野夫妻が鳥島にヘリを飛ばして知らせ、4ヵ月ぶりに良介が戻る。りょうに瞬太と命名。大島総合病院でのセカンドオピニオンののち、聖母子病院で抗がん剤治療を開始。
2004年(39歳)
肺転移を起こす。転移巣を取る手術を2度受ける。
2005年(40歳)
ハーセプチンが効果を表し、腫瘍マーカーの値も安定する。闘病記録をネット上で発表し始める。乳がんのサポート団体との連係が始まる。
2006年(41歳)
入浴中に首の骨を折り、ギプスをつけたままの生活が始まる。
2007年(42歳)
胸水がたまり、入退院を繰り返す。きり子が転職した国立病院で、様々な抗がん剤治療を受ける。乳がんの記念シンポジウムで講演をする。
2008年(43歳)
一家で奄美大島に移住。良介は漁協を手伝い、瞬太は幼稚園に通う。きり子の尽力で、東京の国立病院と奄美の病院の間に医療チームができる。
2009年(44歳)
夏、吉野夫妻とともに皆既日食を一家で見る。滴、息を引き取る。瞬太、6歳。
2011年
良介、医師国家試験に合格。瞬太、8歳。
2021年
瞬太、まもなく高校を卒業し、島の診療所で内科医をしている父のもとを離れ、東京の大学に通う予定。
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単行本の刊行は2006年ですが、なんと2021年の未来まで。
手元にあるのは帯つきの文庫本で、表には「がんと闘いつつ、新たな生命を育む。女性医師の愛と覚悟」というコピー、裏には「壮絶な運命、でも幸せな、ひとりの女性の物語です。 松雪泰子」と刷られています。
初読の際も、帯の表のコピー(「女性医師の」という部分)には違和感がありましたが、再読してもそれは同じ。
2003年の出産後にきり子が訪ねてきた部分で、妊娠してからの滴が自身の病に対しては外科医の眼を曇らせていたことが、わかるように書かれているから。
妊娠後、自身の病に対して冷静さを欠きながら、他の患者に対しては冷静さを保っていた滴に焦点化した語りを、すべて「現役外科医」の認識として括ってしまうと、巻末の解説のように、
現役外科医というヒロインの設定が、ここでひときわ効いてくる。自分の陥った苦境をクリアに見通せてしまうせいで、彼女は気の毒にも、ひときわ救いのない状況に追い詰められる。
という読みになるのでしょうけど、違うよね・・・と思いました。
言ってしまえば、この小説の〈乳がん〉は、女性が生命を生み出すことの壮絶さを強調するための道具立て。
滴が外科医としての眼を持ち続けていたら、また別の物語になったのでしょうけど、谷村志穂は、妊娠後の滴を「ひとりの女性」として描いた・・・。
そういう意味で、松雪泰子のコピーのほうが当たってるよね・・・と思いました。
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