『シフォン・リボン・シフォン』
<乳がん>が登場するので読んだ小説です。
近藤史恵『シフォン・リボン・シフォン』 朝日新聞出版 2012年
タイトルの「シフォン・リボン・シフォン」は、隣町に大型ショッピングセンターができ、空き店舗が目立つ商店街にオープンしたランジェリーショップの名前。
4話構成になっています。
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第1話の主人公は、大学3年のときに母が階段から転落して寝たきりになり、卒業後も母の介護のため、兄や妹と違って家を出ることも就職もできず、商店街のスーパーでパートをしている32歳の佐菜子。
大きな胸がコンプレックスで服装は地味、自己評価も低い佐菜子は、パート帰りに立ち寄っていた書店跡にランジェリーショップができたのを知り、自分の人生とは何の関係もないと思いつつ、足を踏み入れます。
初めて自分の体にフィットする下着と出合ったことで、自分を大切に扱うことを知り、自分をコントロールしていた父母との関係を変えていこうとする話。
ランジェリーショップの店主については、外見や服装がマニッシュな40代の女性で、しょっちゅう喧嘩もする親を介護していることがわかります。
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第2話は、同じ商店街の米穀店の店主で、書店の奥さんから店を閉めて貸店舗にする話を聞いていた均が主人公。
結婚後30年で、若い頃とは別人のように太った妻、彼女を持たず、見合い話も断っている29歳の息子と暮らす彼は、商店街の自治会長から預かった入会届を手にランジェリーショップへ。
「こんな田舎で、こんな洒落た店をやって大丈夫かい」
と聞く均に対して、店主のかなえは、もともと東京で店をやっていて、ネット販売の固定客もついたので町に戻ってきたと答え、店頭販売も頑張りたいと付け加えます。
自分の人生とは何の関係もない店だと思った均は、その後、自宅のゴミの中にかなえの店の紙袋を見つけ、店の近くのコインパーキングで息子の車を見かけ、息子がかなえの店から出てきたという話を聞き、ついに自分でも目撃することに・・・。
かなえとの仲を疑って問い詰めた均でしたが、息子のタンスの最下段を盗み見て、ようやく息子のセクシュアリティに気づき、妻はとうに気づいていたことを知り、商店街にかなえの店があることも、息子の人生も、受け容れるしかないと思う話。
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第3話の主人公は、かなえ自身。
教員一家に生まれたかなえは、地元の国立大学に落ちて東京の大学に行き、父の口利きを拒んで教員にならず、教育関連の出版社に勤めたのち、自分のランジェリーショップを持つ夢を実現します。
東京郊外のファッションビルに小さな店を開き、一歩間違えば借金の山を抱えるところを駆け抜け、オリジナルのナイティも売れるようになった37歳のとき、乳がんで左乳房と腋下リンパ節を切除し、化学療法を受け、インプラントで二期再建しているかなえ。
彼女が町に戻ってきたのは、乳がん後の生活を考えていたとき、母がくも膜下出血で倒れて左半身に麻痺が残り、これまでも母と同居し、母のわがままに付き合ってきた弟の妻にばかり、負担をかけられないと思ったから。
子どもの頃から衝突が絶えず、抗がん剤の副作用に苦しむかなえの病室に来て、
「罰が当たったのよ。あんたが自分勝手なことばかりしているから」
と言った母の言葉はまだ許していないけれど、麻痺があっても着やすいように新しく作り、母に着せた前開きのナイティは、かなえが店を持ったとき「なんで、下着屋なの!」と悲鳴に似た声を上げた母への答えにもなっています。
ちなみに、かなえの店には乳がん術後のブラジャーやパットもあり、部分切除で変形が著しい女性も来ていて、第1話の佐菜子と同じく、かなえがフィッティングした下着で、店を出るときには明るい表情に。
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第4話には、「郷森の市原」と名乗る年配の女性が登場します。
ある日、かなえの店に来た彼女は、自分の家は「郷森の市原」という旧家で、若い頃にパリ留学したと自慢し、選んだ商品をラッピングさせたあと、クレジットカードを忘れたと言い、取り置きにしてもそれきり。
1ヵ月後、悪びれずまた来店した彼女は、自慢話を繰り返し、カタログをめくって取り寄せを依頼しながら、一方的にキャンセル。
商店街の呉服屋や宝石店でも、同じことをしていると知った1ヵ月後、またまた来店した彼女は、白いレースのキャミソールを選び、今度は「イチハラミホコ」名義のカードで買って帰ります。
その半月後、「義母は無理に押しつけられて断れなかったと言っているわ」と紙袋を持って現れた女性は、長く会っていなかった高校の同級生・美保子。
かつての旧家の長男と結婚してパート勤め、高校生の娘がいる美保子と、独身で自分の店を持ち、子どものいないかなえの共通点は、やっかいな義母や実母の世話をしていること。
かなえは、夫と相談して義母を介護施設に入所させることにしたという美保子を慰め、来店した義母に対しても、彼女の幻想にあわせて接客しますが、アルバイトの短大生からパリ留学の話を感心され、誇らしげで幸せそうだった美保子の義母を見た次の休日、朝から実家に向かいます。
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それぞれの人生や家族関係のもつれを解く、魔法のようなランジェリーをモチーフとした小説で、自称<乳がん>小説コレクターとしては、サバイバー小説に分類しようと思った1冊でした。
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どれも興味深く読むことができました。
トラウマを抱える登場人物がランジェリーショップの
女主人との交わりの中で癒されるのがよかったです。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。
投稿: 藍色 | 2013年12月20日 (金) 13:38
藍色さま
コメント&トラックバック、ありがとうございます。
癒し系の小説でしたね。
私もかなえと同じく、乳がんでインプラント再建しているので、その点でも興味深かったです。
こちらからもトラックバックさせていただきました
投稿: まちこ | 2013年12月20日 (金) 19:01