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2013年1月27日 (日)

乳がんの市民公開講座

「あなたに適した新しいがん治療」という市民公開講座に行ってきました。

講演が3つあったうち、「乳がん治療について考える―時代の推移と術式の変遷―」は、5年前から私が診ていただいている先生のお話。

内容は、

  1. 一般的な乳がんの治療方法
  2. 乳がんの疫学
  3. 乳がんになりやすい原因(リスク)
  4. 手術の変遷

で、ちょっと長くなりますが、振りかえってみたいと思います

         ※          ※          ※

1.一般的な乳がんの治療方法

乳がんの治療は、腫瘍を取り除く手術、乳房からの再発を防ぐ放射線治療、全身からの再発を防ぐ薬の治療が3本柱となっている。

がんの大きさは、マンモグラフィでわかるのが平均10㎜、触診でわかるのが平均20㎜、がん細胞が乳房から離れてほかの臓器に飛び火するのは、5㎜を超えてからと言われる。

飛び火したがん細胞のほとんどは、体の免疫によって排除されるが、再発の可能性も出てくるので、手術で腫瘍を取り切れても、薬による補助治療が大切になってくる。

抗がん剤は、がん細胞もやっつけるが、正常細胞もダメージを受ける無差別攻撃のようなもので、脱毛、吐き気、免疫力低下(骨髄抑制)の3大副作用は、たいへんつらい。

2000年代に登場した分子標的剤は、がん細胞だけを狙い撃つスナイパーのようなもので、副作用が少ない。

乳がんの細胞には、細胞を増殖させようとする2つのスイッチがある。

核の中のエストロゲン受容体に先回りしてブロックし、エストロゲンが来てもスイッチが入らないようにするのが抗エストロゲン剤。

細胞膜の表面の増殖因子をカバーし、ここにリガンドがくっつかないようにするのが分子標的剤。

分子標的剤の代表ハーセプチンは、HER2というたんぱくを狙い撃ちして、その機能を抑えることで増殖を抑える。

映画「希望のちから」には、患者さんを守りたいという一人の医師の資金集め、研究から始まったハーセプチンの開発がドラマティックに描かれ、DVDにもなっている。

薬による治療はどんどん進歩しており、手術のみの1960年代に1,000人が再発していたとすると、1970年代にはCMFが登場して240人が助かるようになり、1990年代にはCAFが登場してさらに91人、2000年代にはACが登場してさらに114人、分子標的剤など三世代の薬が登場してさらに144人が助かるようになり、約50年の間に6割の人が再発を免れるようになっている。

2.乳がんの疫学

日本の乳がんの罹患数と死亡数の推移を見ると、1975年には年間約1万5千人が乳がんになり、約5千人が亡くなっているが、最近では、年間約5万人が乳がんになり、約1万人が亡くなっている。

このおよそ40年間で、乳がんになる人は3倍強、亡くなる人は2倍と、右肩上がりに増えている。

年齢別罹患率では、35歳を超えると急激に上昇し、50歳前後でピークになり、そこから緩やかに下がっていくのが、日本の乳がんの特徴。

アメリカでは、年齢とともに罹患率が上昇しているが、その原因は、年齢とともに体脂肪型の肥満が増えるからだと考えられている。

1980~2000年にかけて、日本では20~30代の罹患は増えていないが、40~80代で増えており、ここ10年くらいでアメリカ型に近づいていくだろうと言われている。

死亡率についても、欧米では1990年を境に減少に転じているが、日本ではまだ増えており、乳がん検診受診率が欧米では70%くらい、日本ではまだ20%という差が大きく出ている。

乳がんは、女性では罹患数第1位、最も多いがんで、生涯罹患数は17人に1人となっている。 

3.乳がんになりやすい原因(リスク)

内因性リスクとしては、
 早い初経・遅い閉経で、エストロゲンに長く曝露されている
 出産経験がない、または出産年齢が遅い
 
 授乳経験がない、または授乳期間が長い
 閉経後の肥満
が挙げられる。

外因性リスクとしては、
 更年期のホルモン補充療法
が挙げられる。

生活習慣・食事の点では、
 アルコールで1.4~1.5倍のリスク上昇
 喫煙で1.38倍のリスク上昇
 運動は閉経後でリスクが低下し、週1時間程度のジョギングで0.97倍
 高脂肪食は閉経後でリスク上昇
 緑茶は予防効果なし?
 遅い閉経年齢(55歳以上)は45歳未満の2倍
 未産婦は経産婦の1.7倍
 肥満は閉経後でリスク上昇
が挙げられる。

アルコール、喫煙、運動、食事、肥満は自分で気をつけることができる。

乳がんから身を守るには、
 食事は日本食(野菜・果物、大豆食品・穀物、魚介類が中心、動物性食品・アルコールは控えめ。ただし、塩分が多いので胃がんになりやすい) 
 適度に運動する
 余計なお世話だが、早く結婚・出産・授乳すること
などが挙げられる。

これらの予防効果は、
 思春期前から生涯維持すると、33~50%抑制される
 成人後から開始すると、10~20%抑制される
と言われている。  

4.手術の変遷

医師は患者さんにいろいろな治療をリクエストするが、個々の患者さんによってそれを受け止める器(精神的・体力的・経済的な容量)は違う。

また、がんにかかった人には、全人的苦痛があると言われる。

全人的苦痛には、
 身体的苦痛(痛み、他の体の症状、日常生活動作の支障)
 精神的苦痛(不安、いらだち、うつ状態) 
 スピリチュアルな苦痛(生きる意味への問い、死への恐怖、自責の念)
 社会的苦痛(経済的問題、仕事上の問題、家庭内の問題)
といった側面がある。

乳がんの患者さんでは、それまではほとんど症状がなく、手術や抗がん剤によって身体的苦痛が出る、乳房切除や脱毛によって精神的苦痛が出る、高い医療費や仕事に出られないことで社会的苦痛が出るなど、治療することでかえって苦痛が強くなるのではないかと思うことがある。

それでも、必要な治療は必要だと言わなければならないが、苦痛を少なくするために外科医としてできることは、乳房切除をできるだけ避け、望む人にはきれいに乳房を残すことだと考えている。

乳がんの手術は、1990年以前はがんと診断されれば乳房切除、90年代以降は乳房温存と放射線治療のセット、リンパ節廓清をする手術が行われるようになり、最近は乳房温存でもできるだけ傷を小さく、整容性もよく、リンパ節も不要には取らなくなっている。

日本では、1990年くらいから乳房温存療法が増え、2003年には乳房切除を超え、約6割が温存手術を受けている。

しかし、乳房温存でも変形が強くなる場合があり、「がんの手術だから仕方がない」と納得される人も多いが、最近はがんをきれいに取って、乳房もきれいにすることにスポットライトが当たるようになった。

その一例として、乳頭乳輪温存皮下乳腺全摘手術がある。

乳がんができた乳腺をきれいに取って、空洞になったところに自家組織や人工の素材を入れると、外から見てあまりわからない。

自家組織は、自分の体の一部、背中やお腹の組織を使うので、なじみがよい、感染に強い、保険適用というメリットがあり、手術が大きくなる、背中やお腹に傷が残るというデメリットがある。

人工の素材(シリコン)は、自家組織と比べて手術が小さいというメリットがあり、感染に弱い、感染してしまうと取り去るしかない、現時点では保険適用でなく、治療費が高いというデメリットがある。

乳房再建手術は、アメリカでは1895年に始まり、1963年にはシリコンを用いた手術を行われている。

日本では、1976年にインプラントを用いた手術が、再建手術としては90年くらい遅れて行われ、背中やお腹の脂肪を持ってくるのは、100年くらい遅れて行われるようになった。

保険についても非常に遅れており、2006年に初めて1次、2次再建が収載されたが、人工物については、いま厚労省で保険適用の必要性が議論され始め、実際に保険診療で使えるようになるのは、もう少し先。

乳がんの治療は非常につらいが、なるだけ乳房をきれいに残す手術、強い副作用が出ない薬剤の開発、がんだけに照射できる陽子線のような治療が進み、どんな方でも治療が楽に受けられる時代が早く来ないかと願っている。

         *          *          *

といったお話でした。

途中、内容に関連して、漫画『ゴルゴ13』、ドラマ『三毛猫ホームズの推理』のホームズの化身の画像がスライドに貼ってあったのはご愛嬌

間違って書き取ったところがあったらごめんなさいですが、興味も印象も深かったのは、私も受けた乳頭乳輪温存皮下乳腺全摘と乳房再建の話の前に、全人的苦痛に触れられていたことで、この先生に診ていただいてよかった・・・と改めて感じました。

一般向けの講演なので、たとえば、ホルモン受容体やHER2が陰性の乳がんもあることなどは割愛されていましたが、日進月歩で進む乳がん治療の細かい点は、必要なときにしっかり学んで、そうでないときは検診が第一。

終了後は、他の患者さんが挨拶されていたので、会釈だけで帰ってきましたが、来月の診察日に感想が言えたら・・・と思います

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