文学者たちの立秋
昨年、「暑くなると」という記事で、昔の広告に登場する「ゼム」を「青空文庫」内で検索して、石川啄木と夏目漱石に触れましたが、今度は「立秋」。わが家では、今年初めて冷房つけっぱなしで寝た日でしたが、昔の作品でも「暑い」って書いてるかなあ・・・と思って。
●正岡子規「墨汁一滴」(明治34)
立春(二月四日頃)後半月位は寒気強くして冬の感去らず。立秋(八月八日頃)後半月位は暑気強くして秋の感起らず。また菊と紅葉とは古来秋に定めたれど実際は立冬(十一月八日頃)後半月位の間に盛なり。故に東京の気候を以ていはんには立春も立夏も立秋も立冬も十五日宛繰り下げてかへつて善きかと思はるるなり。されば西洋の規定と実際は大差なき訳となる。
35歳で亡くなった子規が病床で書いた三大随筆のひとつ。引用部分は3月9日執筆で、雑誌『日本人』の「西洋流に三四五の三箇月を春とせんとの事なれども我邦には二千年来の習慣ありてその習慣上定まりたる四季の限界を今日に至り忽ち変更せられては気候の感厚き詩人文人に取りて迷惑少からず」という主張への反論。
子規が太陽暦を支持していたのがわかりますが、明治30年代も暑かったよう。2年にわたる「病床六尺」ではさぞ・・・と想像されました。
●夏目漱石「思い出す事など」(明治43~44)
山を分けて谷一面の百合を飽くまで眺めようと心にきめた翌日から床の上に仆(たお)れた。(略) 余が想像に描いた幽かな花は、一輪も見る機会のないうちに立秋に入った。百合は露と共に摧(くだ)けた。
東京・大阪の『朝日新聞』連載。生来胃弱だった漱石が、明治43年8月に転地先の修善寺で大吐血し、危篤状態に陥ったときのことを書いた随筆。その間に、関東地方を襲った豪雨のことも書かれてます。
『江戸東京年表』(小学館)によれば、8月8日の豪雨による東京府内の浸水家屋は、18万5千戸に達したとか。生死の間をさまよった漱石は暑いどころじゃなかったと思いますが、やっぱり暑い夏だったのでは?
●与謝野晶子「台風」(大正3頃)
台風と云ふ新語が面白い。立秋の日も数日前に過ぎたのであるから、従来の慣用語で云へば此吹降(ふきぶり)は野分である。野分には俳諧や歌の味はあるが科学の味がない。勿論「野分の又の日こそ甚(いみ)じう哀れなれ」と清少納言が書いた様な平安朝の奥ゆかしい趣味は今の人にも伝はつて居るから、野分と云ふ雅びた語の面白味を感じないことは無いが、それでは此吹降に就ての自分達の実感の全部を表はすことが不足である。
暑いかどうかは別にして、「科学の味」を挙げて、「台風」という「新語」を支持する晶子が面白い随筆。子規の太陽暦支持といい、優れた俳人・歌人は意外と新しいもの好きなのかも。
●薄田泣菫「艸木虫魚」(昭和4)
糸瓜棚の上に、一、二尺も長い首を持ち上げて、お盆のように大きな花を咲かせていた向日葵は、いつの間にか金の花びらをふるい落して、その跡にざらざらの実を粒立たせているのが見える。立秋からもう十日も経っているのに、相変らず暑い。
花びらも落ち、もう結実している向日葵。開花していた頃の生気が失せた様子を想像すると、ますます暑くなりそう。
●岡本綺堂「西瓜」(昭和7)
暦の上では、きょうが立秋というのであるが、三日ほど降りつづいて晴れた後は、さらにカンカン天気が毎日つづいて、日向へ出たらば焦げてしまいそうな暑さである。
風呂敷の中の西瓜が女の生首に化ける話、西瓜を食べると死ぬという言い伝えのある家の話が登場。初めて読みましたが、立秋過ぎの暑さにぴったりの怪談でした。おすすめ。
●宮本百合子「獄中への手紙」(昭和18)
八月十二日、今夜は何と涼しく、体が楽でしょう。七十八度よ。雨にぬれた屋根の瓦に、月がさして居ります。もうこんな夜も折々はあるようになったのね。立秋ということにはやはりたしかな季節のしらせがあります、朝顔の花の色が美しく目についてそれも微妙な二つの季節のしるしのようです。
巣鴨拘置所の顕治宛。雨上がりの12日夜は涼しかったとありますが、「七十八度」は華氏(F)で、C=5/9(F-32) で計算すると、25.6℃の熱帯夜。前日の手紙には、「ひる一寸前、八十八度 ゆうべの夜なかは涼しかったのに、きょうはやはり相当の暑さになりました」とあって、31.1℃の真夏日。
昭和16年12月に検挙され、翌年3月に巣鴨拘置所に送られた百合子は、7月末に熱射病による人事不省で執行停止となって、ほぼ1年。この手紙の前月、顕治が腸チフスの疑いで病舎に移ったこともあり、暑さのなかに秋を待ち望む思いはひとしおだったのだろうなあ・・・と思いました。
地球温暖化が叫ばれる前から、やっぱり立秋は暑かったようですが、華氏度は考案者の名からファーレンハイト度ともいうそう。ファーレンハイトで思い出すのは、田中芳樹の『銀河英雄伝説』。今月末刊行の創元SF文庫版第4巻、早く読みたくなりました。
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