『白蓮れんれん』
昨年11月に『ミカドと女官』と『ミカドの淑女(おんな)』を読んで、そのうち読みたいと思っていた『白蓮れんれん』(中央公論社、1994年)。単行本初版をずいぶん長く積読してましたが、ようやく読みました。
主人公は、歌人・柳原白蓮として知られる燁子(あきこ)。題材的には、明治の皇室周辺を扱った『ミカドの淑女』の延長上にある作品※で、炭鉱王・伊藤伝右衛門と再婚するため九州に下った燁子が、大正10年に起こした「白蓮事件」を取り上げた小説です。
※燁子は、明治天皇の側室・柳原愛子(なるこ)の姪で、大正天皇の従妹。
内容は―。
「第一話 花嫁御寮」~「第九話 醜聞の後」は、馴染みのない土地、妾腹の妹や娘、甥の少年が同居し、夫の手のついた女中頭が仕切る家で満たされない燁子が、短歌と地元インテリ層との交際を支えとした日々。歌集の出版に続き、友人夫妻や夫に嫌疑がかかった八幡製鉄所事件の証人台に立ったことから世間の関心を呼び、『大阪朝日』が「筑紫の女王」を連載するまで。
「第十話 待ち人来たる」~「第十九話 決行」は、燁子が書いた戯曲を舞台化したいといって訪れた東京帝大の学生・宮崎龍介との恋愛の進行。一度彼の子を堕胎した燁子は、弁護士になった彼が肺病を再発したことを知り、家を出る決心をした頃に再び妊娠。龍介の友人らから、姦通罪への抗議を兼ねた夫への公開絶縁状の執筆を提案され、家出と掲載(『大阪朝日』)を行うまで。
「第二十話 最終章」は、事件後の概略。世間が大騒ぎするなか、伝右衛門は燁子を離縁。龍介と同居した燁子に憤った右翼が、柳原家に押しかけて貴族院議員の兄に辞職を迫り、兄嫁と姉に実家に連れていかれた燁子は、軟禁状態のまま男児を出産。しばらく京都の大本教本部に匿われ、震災後の東京でやっと隆介と暮らせるように。華族を除籍されて結婚し、7歳年上の燁子が82歳(正確には81歳)で亡くなるまで、幸せに暮らした・・・というもの。
『ミカドの淑女』は明治期の下田歌子、『白蓮れんれん』は大正期の柳原白蓮を扱っていて、共通するのは、時代を代表するスキャンダルな女性を描いている点。
違うのは方法で、章ごとに視点人物を変え、歌子に奥行きを持たせるのに成功したのが『ミカドの淑女』なら、伝右衛門の異母妹・初枝に燁子を客観視する役目を与えようとして、失敗したのが『白蓮れんれん』・・・と最初は思いましたが、違うみたい(^_^;)
以下は、その間の変化を。
まず思い浮かべたのは、有吉佐和子『華岡青洲の妻』の小陸(最後に乳がんで死ぬ青洲の妹)。彼女は嫁姑の壮絶なたたかいを小姑の立場で客観視してますが、初枝も燁子には小姑。そこで、
- 「第二十話 最終章」に、昭和6年に燁子が京都の尼寺を訪ねる場面を挿入し、病床の瑞初尼(初枝)と対話させているのに、燁子の客観化がなされていない。
- 初枝を小陸にしそこなったことが、作中、光の当たらない部分(伝右衛門がなぜあっさりと離婚し、姦通罪に持ち込まなかったかなど)が多いことに関係?
- 松本零士と槇原敬之の件じゃないけど、似てる?
と思ったのが第1段階。なので、『華岡青洲の妻』を確認し、
- どちらも死病の床にあって、最後に大きく登場し、「義姉さん、私、やっぱり負けたんやわ」、「私は、今度生まれるとしたら男がええ」というのが初枝。「そう思うてなさるのは、嫂さんが勝ったからやわ」、「私はそういう世の中に二度と女には生れ変りとう思いませんのよし」というのが小陸。
- 違いは、小陸の声が加恵(青洲の妻)の耳から離れず、非難や後ろめたさを感じさせるのに対し、燁子は「初枝さん、私はね、女でよかったとしみじみ思ってるの」と勝ち誇り、初枝も「同じ女でも義姉さんはええなあ、ええなあ。私はいけんわ」と羨望/嫉妬していること。
- 内面描写されるのは燁子と初枝だけなのに、初枝の立場をいかした観察や批評が弱く、小陸にある「勝った」同性を照らし返す光や読者に客観視させる力がないのは失敗?
と考えたのが第2段階。で、改めて初枝について、
- 評判の美少女として登場し、燁子と同じく妾腹の子で、燁子の母校・東洋英和に転入し、小陸がしない結婚もしている。
- 燁子が龍介と初めて会ったとき、舞台稽古に顔出しするときに同席して、龍介に好意を持ち、ハガキを書いている(返事はありきたりなもの)。
- 夫婦仲が悪く、好きな人ができたらしいが、尼に(燁子は兄に「罪を悔いあらため、尼になれ」と言われたが、ならない)。
と押さえたのが第3段階。燁子が華族で歌人であることを除けば、共通点・類似点が多く、「同じ女でも義姉さんはええなあ」とあるので、
- 初枝は、小陸ではなく、燁子になりそこねた女性。
- 燁子を羨望/嫉妬させても、批評/客観視はさせない。
- 恋愛=「勝てば花、負ければ泥」の世界。
というのが現段階。「白蓮事件」を客観的に捉え直すのなら、初枝を小陸にするだけでなく、他にも方法はあったはずですが、この作品はそれを目指してないというか、批評や客観視を忘れるほど強さが増す恋愛(の機構)を模してる感じ。
でも、当事者でない読者としては、燁子の家出後、暗い庭に向かって「俺がなんも知らんと思うちょったのか。全く馬鹿な女たい」という伝右衛門の内面も読みたいし、華族の矜持、東洋英和で培ったキリスト教、隆介の社会思想、軟禁中の大本教への接近といった要素が、燁子の中でどう繋がったか/繋がらなかったかも知りたいなあ・・・と思いました。
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