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2006年8月26日 (土)

二項対立の危険

一昨日、作家・坂東眞砂子氏のコラム「子猫殺し」への抗議殺到が、ネットや各紙で報道されました。

「子猫殺し」に抗議殺到=坂東眞砂子さんがコラムで告白(時事通信)
坂東眞砂子さん「子猫殺し」コラム、掲載紙に抗議殺到(読売新聞)
「子猫殺し」に抗議相次ぐ(共同通信)

相互リンクの壱景さんは、「仕掛けは?目的は?」と題して早速取り上げ、私が「コレに触れるとすれば相当ヘヴィメタルな内容になるだろう」と書いてましたが、まずは掲示板やブログの意見、渦中のコラムを読むのに終始。

すでに多くの人が書いてる「産ませない避妊手術と産ませた子猫を殺すことは同じではない」という批判には同意見。

ただ、抗議の方法や内容にもルールは必要だし、コラム全文(テキスト、掲載紙画像)や坂東氏の写真画像を掲載するといった著作権法違反、容姿や年齢にからめての攻撃があるのは怖いなーと思いました。

でも、それ以上に怖かったのが坂東氏のコラムなので、「ヘヴィメタルな内容」かどうかわかりませんが、やはり取り上げておきます。

このコラムは、「獣の雌にとっての『生』とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか」、「私は自分の育ててきた猫の『生』の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した」とあるように、猫の「本質的な生」を「セックスして、子供を産むこと」に置き、「人間の都合」でそれを奪うことはしないが、産まれた子猫は「社会に対する責任」で、家の隣の崖下に放り投げて殺すというもの。そこにある「矛盾」は、すでに多くの人が指摘しています。

コラムにも、「人は神ではない。他の生き物の『生』に関して、正しいことなぞできるはずはない。どこかで矛盾や不合理が生じてくる」とあり、その「矛盾」の起点は、「愛玩動物として獣を飼うこと」に置かれています。

そして、「獣にとっての『生』とは、人間の干渉なく、自然の中で生きることだ」とあるように、人間が歴史的に作ってきた「愛玩動物」とそうではない「野生動物」の区別はなく、自然な「獣」と不自然な「人間」という二項対立が思考の基本的枠組みにされています。

私たちの周囲にいる猫は、飼い猫も野良猫も、「人間の干渉なく、自然の中で生きる」ような「野生動物」ではないのに・・・。

大きくさかのぼると、アフリカから中近東に分布するリビアヤマネコ(Felis lybica)が現在の猫たち、いわゆるイエネコの祖先であるといわれています。(略)猫はずっと人間のそばにいました。一般的には紀元前2500年頃のエジプトで、穀物を食い荒らすネズミを駆除するために猫を飼い始めたといわれています。(略)日本にも6世紀には猫が入ってきていたようです。民俗学者・上原虎重も『猫の歴史』(創元社)の中で「飛鳥朝の末期に輸入された」と述べていますが、この唐猫と呼ばれたイエネコは仏教伝来とともに経典をネズミの被害から守るために中国から連れてこられたのです。はるばる西域から中国に猫がやってきたのも、同じ任務を果たすためでした。
(野澤延行『ネコと暮らせば』 2004年、集英社新書)

泌尿器疾患の多さにはネコの生まれが大きく関わっているようです。(略)ネコが生まれたのは北アフリカの乾燥地帯で、砂漠型の動物です。その砂漠型の動物が、人なつっこさと、かわいさ、鼠対策から世界中へ広まっていきました。今や生まれ故郷に似た乾燥地帯で暮らすネコなどはほんのわずかで、ほとんどのネコはまったく違った環境のもと、都市という場所で暮らしています。その違いがネコに大きな負担となっているようです。
(『ネコの病気百科』 2003年、誠文堂新光社)

ネズミ退治のための「家畜」から「愛玩動物」へ、アフリカや中近東の砂漠から洋の東西へ。人間によって移動させられ、世代を重ねたイエネコは、飼い猫であろうと野良猫であろうと、もはやヤマネコのような「野生動物」ではないし、「獣にとっての『生』とは、人間の干渉なく、自然の中で生きることだ」というには、取り戻すことができない長い時間と距離があります。

坂東氏は、作家的想像力やタヒチの生活環境によって、その時間や距離を飛び越すのかもしれませんが、歴史的な人間の所為のうえに現在の猫と人間の関係があることを考えれば、今さら「自然の中で生きることだ」といわれても、「勝手な幻想、押し付けニャイで!」という感じ。

その猫の体の「自然」、とくに生殖能力について、多くの飼い主は、それを奪うことの不自然さ、申し訳なさを感じながら、猫と人間の生活環境を考え、育てられない命を生まないよう去勢・避妊手術を受けさせています。

でも、坂東氏は、猫にとっての「生」を「盛りのついた時にセックスして、子供を産むこと」に局限し、育てる気のない命を生ませては殺すという。

飼い猫の「盛り」の欲求だけは満たしてやろうというもので、それを「生の充実」と書いていますが、当の飼い猫に感染症等のリスクを高め、複数の子猫の「生」を何度も断ちながらの「生の充実」という言葉の選択は、作家的想像力のなせるわざだとしても、怖いものだと思います。

多くの動物愛護家の尽力で、今年6月に施行された再改正「動物愛護管理法」は、人間と関わりのある動物への人間の責任のあり方を定めたもの。

私は、人間と動物の「共生」について、現時点での一定の到達を表すものだと思っていますが、坂東氏にはたぶん異論があるのでしょう。

世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。動物愛護管理法に反するといわれるかもしれない。そんなこと承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している。(「子猫殺し」)

「世の動物愛護家」や「動物愛護管理法」を敵に回しても、坂東氏が書こうとしたのは何か。人間と動物の「共生」なんて簡単にいうものじゃない、偽善や傲慢だと揶揄したいのかもしれませんが、自然な「獣」と不自然な「人間」という古典的かつ幻想的な二項対立の枠組みからは、その境界を揺さぶるような自然な「人間」像も立ち上っていないし、より異様な猟奇的な「人間」が描かれているだけ。

これが人間の女性を主人公とした性愛小説で、欲情したら男を誘ってセックスし、お腹が大きくなる過程を楽しみ、産まれた子は捨てるというフィクションなら、今回のような抗議も起らなかったでしょうけど、現実のこととして読まれるコラムで書いたのは確信犯。

作家は発表したものに責任があるし、署名原稿とはいえ掲載した『日本経済新聞』にも責任があり、今後の行方が気になります。

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