雨が降ったり止んだりだった昨日、中野重治の生家跡とお墓を訪ねて、坂井市丸岡町一本田に行ってきました
生家跡はこんな感じ。
10年ほど前、今の勤務先がある市の生涯学習センターのバスで来たとき、同行のおじいさん・おばあさんが「栗、落ちてるわ」と拾っていたのを覚えてますが、今回は見当たらず
右は、「この施設は、文学者故中野重治が生前執筆活動をされていた書斎であり、東京都世田谷区より生家跡地へ移築したものです」という建物。普段は雨戸が閉まってるので、今回も外観だけでした。
石碑は3つあって、1つは書斎と向き合うように立っている「梨の花の故地」。
生家をモデルにした小説は他にもあり、跡地に残る家の基礎からは、「村の家」の父・孫蔵が転向した勉次に文筆を捨てるべきだと言う囲炉裏端を思い出します。
「梨の花」の故地としては、裏に広がる田んぼのほうが想像しやすいかなあ・・・。
2つめはその後ろの、上から見ると井桁のような形の石に刻まれた「中野重治 ここにうまれ ここにそだつ」。
「ここにうまれ ここにそだつ」の部分は薄れていて、よーく見ないとわかりません
3つめは、妹で詩人の中野鈴子の碑で、跡地の入口から見て右奥にあります。
これは、彼女の代表作で、生前刊行された唯一の詩集のタイトルでもある「花もわたしを知らない」を刻んだもの。
兄・重治のように全国的に名をなした人ではありませんが、また読んでみたくなりました
跡地の背後は、今は舗装された道路で、その向こうの田んぼの中に見えるのが、「太閤ざんまい」こと、「中野累代墓」のある場所。
10年前のバスツアーでは、参加者の平均年齢が高く、田んぼの畦を歩くのが危ないということで、道路から眺めただけでしたが、今回は行ってみました。
これが、重治の妻で女優だった原泉の字を彫ったという、「家」という字が入ってない墓碑。
先月は山川登美子のお墓に行ったし、なんか墓マイラーみたいですが、昨日は私の誕生日ということで、出直しの文学散歩でした
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